牧野淳一郎氏
国立天文台理論研究部教授 
2011年東京工業大学大学院理工学研究科 理学研究流動機構
 のホームページ 「スーパーコンピューティングの将来」

102. 福島原発の事故その6 (2011/5/29-6/4)
http://jun-makino.sakura.ne.jp/articles/future_sc/note103.html
より

【抜粋 引用開始】
102.7. 国・研究機関は信じられるのか?ということ。
上に書いたように、例えば福島県の結構なエリアでは非常に高い健康リスクがある「かもしれない」わけですが、避難等が指示されているのはごく狭いエリアに留まっています。
何故そのようなことになるのか、を、国や自治体の立場になって考えてみるのは有益かもしれません。
まず、国として避難が必要といってしまえば、それにはお金がかかります。これに対して、避難しなかったことでガンになる人が相当数発生したとしても、公害病や原爆症の場合と同じで、個別のケースについて放射線のせいであると証明できなければ補償しなければいいわけです。
がんになるリスクが倍になるような高レベルの被曝をしない限り、個別の人については被曝以外の理由でがんになった確率のほうが高いわけですから、放射線のせいであると証明することは原理的に困難です。
なので、お金勘定だけのことを考えると、仮に健康被害が大量にでたとしても、国としてはなるべく避難のためのコストをかけないほうが有利、ということになってしまいます。
もちろん、これは、民主主義国家の政府がお金勘定を優先させては困るわけで、国民の意志を優先させてくれ、ということです。その意味では、政府・自治体に向けて声を上げていくことが重要、ということになると思います。

——————————————————————–

102.11. もう一度、国は信用できるのか?ということについて。
現在国、電力会社がやっていることは、極めて深刻な大事故が起こったにもかかわらず、その影響を可能な限り小さく見積もって、可能なら原発の運用、新規建設を進めよう、ということであるように見えます。実際、3/12 の時点で事態は深刻だったわけですが、東電も国もそのことをその時点で認識していた、ということが最近になって明らかになってきています。
つまり、国・東電は、今までなりふりかまわずに事態を隠していたわけで、ということはおそらくは今でも色々なことが隠されているわけです。そのようなことが起こるのは国・東電の立場に立つなら合理的なことですから、行動パターンが今後変わることは期待できません。そういう姿勢で原発の運転、建設を続けられるとあまり遠くない将来に次の大事故が起こってしまいます。まあ、その、国民が皆それでもいいと思うならしょうがないのですが、みんなそう思ってる、というわけでもないと思いたいところです。
海外の事例から明らかなことは、今後、
・どれだけ被曝したかをなるべく正確に評価しないようにする
・被曝の影響を可能な限り小さく評価する
・退避区域を可能な限り狭く見積もり、補償金額を抑える
・農地、海洋の汚染を可能な限り小さく見積もり、耕作禁止区域の発生を避け、補償金額を抑える
というようなことが進むことです。これはもちろん、既に起こっていることでもあります。つまり、信用とかそういう話ではなく、行動の理解と予測は十分に可能だ、ということです。その理解をベースにして自分はどうするか、ということが問題なわけです。
【引用終了】

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