~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

牙むく原発「司法も責任」 福島第二控訴 元原告

☞ http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011050890070647.html

東京新聞 Tokyo webより

2011年5月8日 07時06分

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【引用開始】

原発の危険性をあらためて浮かび上がらせた東京電力福島第一原発(福島県双葉町、大熊町)の事故を受け、政府は中部電力の浜岡原発(静岡県御前崎市)の停止要請に踏み切った。「原発は安全か」。周辺住民たちは四十年来、法廷に問い続けたが、多くの裁判所は「専門的、技術的評価は司法判断になじまない」と踏み込んだ議論を避けてきた。最悪の事故が現実化したいま、「不十分な安全対策を容認してきた司法にも責任がある」との声も上がる。

 原発はいつの日か 必ず人間に牙をむく/私たちがそれを忘れれば いつか孫たちが問うだろう/「あなたたちの世代は何をしたのですか」

 一九八四年、福島第二原発(福島県楢葉町、富岡町)をめぐる訴訟の一審で敗訴した時、今は亡き親友が詠んだ詩は現実となった。楢葉町の自宅から持ち出した色あせた詩集を手に、原告の一人で市民団体代表早川篤雄さん(71)はいま、怒りと悔しさに震える。「何のための司法か」

【後略。引用終了】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【山崎ジャーナル】

国策の誤りによって、日本政府・軍部は太平洋戦争中、無差別大量殺人の加害者となり、国内では300万人以上の自国民の犠牲を招いた。

戦時中、戦況の悪化の実態を隠蔽し、新聞ラジオの大手メディアは捏造記事で戦意高揚に加担し、国民が「だまされた」事実を悟ったときは後の祭り。

敗戦の決断が遅れに遅れたせいで、東京大空襲はじめ全国の都市への米軍空爆による焦土作戦を許し、米軍の沖縄上陸によって20万人の市民が殺され、むごい原爆を2発も落とされて、無辜の市民の無差別大量殺戮という取り返しのつかない結果を招いた。

国家とは、ウソをついて国民をだまし裏切り、人命を軽視する暴力そのものであると、国民は流血と命をもって悟り、「2度と戦争は繰り返しません」という“平和の祈り”が、戦後の平和主義と平和産業発展のための礎(いしずえ)となった。

そして日本は、奇跡の復興を遂げ、空前絶後の好景気と経済成長に沸いた。

戦後の賠償・保障問題で際立ったのは、軍属への手厚い恩給・遺族年金制度。

それとは対照的に、東京大空襲や原爆犠牲者、被ばく者など一般市民への賠償は無視・軽視されて、個人の生活再建は「自己責任」だと突き放された。司法にも見放され、数々の国家損害賠償訴訟が長期間展開されたものの、最高裁まで争っても、「被害に対して、直接の因果関係が認められない」とか、「国の責任は認められない」とのお決まりの判決により棄却が常態化。

「被ばく者援護法」の制定と保障を求める長い闘争の過程で、被ばく者は40年間も国の支援がないまま、苦しみぬき、見棄てられて次々と命を落としていった。大多数の被ばく者に対して、国家救済は遅きに失し、間に合わなかったのである。

….まるで、あたかも被ばく者全員の死亡を、国と行政が待っていたかのように(原爆投下から半世紀近くも)、医療支援や補助金による適正で満足な治療を受けられることなく、無力な被ばく者は失意のうちに、これまでに亡くなっていきました。

大変残念なことに、それがまた、このたびの311原発震災による被災者と福島原発近郊の被ばく者に対しても、行われようとしています。

私たちは、無関心でいることは、あるいは無関心を装って以前と同じ生き方を続けることは、許されません。

日本全土で原発が稼動を続け、高濃度汚染・放射性廃棄物がこうして半永久的に貯蔵されている危険地域に暮らしている限り、「福島の今日」は、日本国民全員が抱える「明日は我が身」の身近なリスクだからです。

戦後の世代は、経済繁栄を謳歌し、原発震災リスクには無頓着のままでした。

そのしっぺ返しが今、日本全土へ、地球環境全体へ、不安と放射線被ばく、放射能汚染リスクとして日々、深刻度を増しつつ迫っている現実を、私たちは直視しなくてはなりません。

もはや、以前のように無関心ではいられません。

日本政府が世界各国への説明責任を負っているのと同程度に、日本国民の投票行動や政治参加、脱原発の声と市民運動が、今後の世界的原発推進政策の行方と、環境保全活動、人類が健康で平和に生きる権利への命運を秘儀っていると、私は断言いたします。

さあ、日本人と日本を愛する皆様、何が起きているかに常に関心を払い、日ごろから自分でよく勉強して市民オンブズマンとしての見識をとメディア・リテラシーを養い、真実の報道を求める声を上げて、行政や国政を、市民が動かしていく「真の、力強い民主主義」を築いてゆこうではありませんか!

微力ながら、私は「自由な言論と、多様な価値観を、真実をもって報道する」ジャーナリズムを実践することによって、日本の存続と独立主権の回復の道をめざす志と活動を、サポートしてゆく覚悟でおります。

皆さん、お一人お一人の力は、微力なようで偉大です。

まず正しい知識と判断力を培い、真実を見極められる見識を養えるよう、自分で考え、行動できる知恵を養うことから始めましょう。

あふれる情報は玉石混合。

煙幕やごまかし、目くらましやまやかしもあれば、逆に、動かしがたい事実や真実が、そこに静かに眠っている場合もあります。

市民が賢くなれば、監視の目が行き渡り、冤罪の発生を防止することも可能になります。

市民が監視を怠れば、あなた自身もまた冤罪被害者になることだって、ありうるのです。

■ ジャーナリズムと報道機関に与えられた使命、役割は、

第1に、権力の監視。

第2に、国民の知る権利の保障。

第3に、弱者や庶民の声なき声を拾い上げ、報道機関が代弁者となって、広く国や国民全体に公知させる=すなわち、市民の側の”広報機関たれ”ということです。

こんにちまで、私はこの3つの重要な使命を果たすべく、主に環境(原発問題を含む)・平和・社会・女性・健康・長寿・命と人権、動物保護の分野で勉強を重ね、よく吟味して研究してきました。

その成果として、1999年発生した「東海村、JCO臨界・放射能漏れ」事故を報告した、論文のニューヨークで発行されたOCSニュースに発表しました。

また911直後に日本へ招待され、東京出張の折に講演し、そこで「米軍の拙速なアフガン侵攻は誤り。これに加担すれば、日本は国益を損なうので、テロ特措法反対」を表明。

また、「911発生時に、自国の防空と迎撃に失敗し、国防総省ビルを防衛できなかった米軍が、日本の制空権を握っていても、はたして駐留在日米軍が、日本防衛の抑止力になりうるのか?」と、米軍の有効性と在日基地の意義についての疑問を、投げかけました。

そして、「ウサマ・ビン・ラディンの存在は、その生死にかかわらず、l今後の戦争遂行には欠かせませんので、中東への米軍侵略が継続する限り、その“口実”としての“宿敵”は便宜上生かされ続け、無辜の市民への無差別殺戮はずっと正当化され続けていくことでしょう。

そして最後に、『これで殺戮と侵略はおしまい!』と米国政府が判断して時点で、戦争の”口実”としてのターゲットは無意味になり、無効化される=始末される(たぶん、ビンラディンの身代わりが殺されて、その物証は抹殺される)運命にあるでしょう」

このように断言した私は、日本で行った数々の「反戦・非暴力」講演の3年8カ月後に、日本政府(東京高検)の代理拘禁によって東京・白金台の自宅で捕えられ、米国政府の手中に引き渡されます。

日本国内にいるのに、日本国パスポートを取り上げられて、国家主権と基本的人権を侵害され、平和的生存権を踏みにじられて。

…..その後、無実のまま652日間も保釈なしで拘禁されたニューヨークでの拘留生活は、弁護士に高額な報酬を全額前金で搾取されるだけの、虚しく、過酷なものでした。

その体験は、「筆舌に尽くせない」ほど苛烈きわまる、辛いものでした。

そのため、振り返り、資料を読み返し、思い出して書き起こす作業があまりに辛くて、なかなか体験手記が仕上がりません。

執筆の完了を、かれこれ1年半以上もお待ち頂いている編集者と、ご支援者の方々には、お詫びの言葉もありません。

それでも元気に「生き抜こう」と、歩行訓練と健康回復に努めつつ、手記執筆にいそしんでいる今日この頃です。

2011/05/08  【山崎淑子 記】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

Related Posts

関連記事

Tags: , , , , , , ,

コメントを残す

post date*

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)