原子力:福島原発事故当時どれ位危険だったか。3月16日菅首相「最悪の事態、東日本が潰れることも想定せねばならない」と発言とされたこと何処まで深刻だったか。新聞社デスククラスと会話、彼は「東京も危なくなるという危機感官邸に強く存在。私も家族を東京から話した」。知らぬは国民ばかりなりposted at 08:12:06

原子力の歴史:日本は危険な原子力に何故手を染めたか。石油、UNG,石炭など資源は充分存在。電力会社が事故の危険を冒して踏み切らなければならない状況はなかったはず。一つの鍵は1955年日米原子力協定。その後56年に原子力委員会設立、科技庁発足。従って原子力発電の需要がposted at 08:51:45

原子力の歴史2:日本に存在したのでなく日米が先導。ということは米国先導。この時の日米の橋渡しが読売社主の正力松太郎。では何故なのか。1955年、56年は日本にとり大変化の起こる可能性があった時期。原子力関係では54年福竜丸ビキニ被爆事件、55年8月、第一回原水爆禁止世界大会。posted at 08:52:32

原子力の歴史3:一方政治的にみると当時鳩山内閣。重光外務大臣は日本の米軍基地撤退を目指し、鳩山首相は日ソ国交回復を目指していた時期。米国からみると日本が米国支配から離れる危険性を見せた時期。この中で日本に原子力発電をさせる意味は何であったのか。平和利用を与えるposted at 08:53:17

原子力の歴史4;ことで、原水爆反対運動を阻止する目的は存在したはず。そうだとすれば原子力発電は出発点から無謬、事故があり得ないものとして国民に提供される必要あり。米国主導の原子力開発であれば今回事故当初から米国以上に介入し、現状将来日本政府縛ったかがわかる。東電の主体性なさも理解posted at 08:54:24

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