http://weblog.hochi.co.jp/tajihouronn/2011/04/post-c1e6.html

 宮城、岩手、青森の3県にわたる三陸海岸が大津波に曝されたのは、今回が初めてではありません。明治以降では明治29年(1896年)、昭和8年(1933年)、昭和35年(1960年)と3度に渡って、多くの人命が奪われる悲劇に見舞われています。

 これまでの津波の被害を体験者の証言や文献で、再現した記録文学作品「三陸海岸大津波」(吉村昭 文春文庫)は、是非一読をお勧めします。

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 余談ですが、明治、昭和、平成と3度の大津波は、いずれも3月に起きています(昭和35年のチリ地震津波は5月)。これは単なる偶然なのでしょうか。

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昭和8年の「三陸沿岸大津波」の経験 (作文)

http://www.interq.or.jp/sun/swing/tsunami.htm

  山の近くまで行った時、家の人々を考え出して「どうなっているだろう」と  心配になりました。けれども戻ることは出来ませんでした。あっちこっちから
 泣き叫ぶ声、また誰かを呼ぶ声、遠くの方からは家のこわれる様な、わりわり
 という音がものすごくかすかながら聞こえて来ました。山へ上って墓の前まで
 行ったら、人々が沢山いました。
  私が一番高い所へ行くと、多くの人々が、たき火をしてあたっていました。
 あちこちを見たら、八重子と梅子姉さんが皆と一所におりました。思わず「姉
 さん」と言ったら、私の方を向いて目には涙を一杯ためながら、

    「誰だと思ったらお前か、よく助かった。
     お母さん達はどうなったろうなぁ」

 と、一人言の様に言ったまゝすすり泣きをしました。それを見て、私の目にも
 知らず知らず涙がぽろぽろとこぼれて、ふいてもふいてもあとからあとからと
 こぼれてまいりました。

  山からお山の方を見ると、一面に 火が燃えて、その火の中から片方の手を上
 げて、

    「助けてくれー助けてくれー」

 と叫んでいるのが見えました。そのかわいそうな事ったら、何とも言えない程
 でした。どこの人達も涙をこぼさない人はありませんでした。

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高宮 滋:あまりにもひどい東電バッシング

http://agora-web.jp/archives/1315468.html

今回の原発事故の原因が千年に一度の大津波。東電が一方的に攻撃されている。政府は福島第一の設計は自らが承認した事実を隠し(明らかにはしない)世論が東電に厳しい状況に便乗。

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