◆富裕層をターゲットとした雑誌「SEVEN SEAS (インターナショナル・ラグジュアリー・メディア刊)」の掲載記事です。

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【掲載記事1】 2005年 1月号:  月刊セブンシーズ 山崎淑子インタビュー 

❤ 写真上: 抱いているのは生前の愛犬チョコ。彼はニューヨーク生まれのヨーキー&マルティーズのミックス。愛犬マーブルちゃんの弟です。16歳の老犬だった2005年7月28日の早朝、チョコは突然、ママ(山崎淑子)と引き離され、東京高検に取り上げられて、その後、ママの意思に反して動物病院で「薬殺処分」されたということです。

なぜ、その朝、永遠の別れが突如やってきて、チョコが“薬殺処分”されたかの理由は、恐ろしいことにママが突然、何の前触れもなしに東京高検に逮捕され、同日、東京拘置所へ移送されて、それ以降、652日間もの長期に渡って“無実の拘禁・不当拘留”を余儀なくされてしまったからです。

ケージに入れられて、無理やり霞が関の東京高検の会議室へ連行されたボクとママは、もう大パニック!

ママは泣いて、泣いて、泣き叫んで、ボクをきつく抱きしめ、絶対離しませんでしたが、川村明夫検事にこう脅されたのです。

「このワンちゃん、すぐに誰かが引き取りに来なければ、こちらで処分するしかありませんよ。どうします?」と。

恐怖に打ち震えて、ママは激しく泣き続け、震えています。

こうしてボクは、16年間、ニューヨークと神戸と東京で、ずっと仲良く暮らしてきたママから強制的に引き裂かれ、検察官に取り上げられてしまったのです。

この日が最後でした。

二人は、2度と会うことができず、チョコは「飼い主不在」との理由で、薬殺処分されてしまいました。

ボクの消息を必死で探し続けるママには、処分についての同意と通知がなされなかったため、ママはず~っとニューヨーク拘置所でボクの無事を祈り、行方を探し続けて、悲嘆に暮れていたそうです。

出獄された後、チョコを探して動物病院を訪ね歩きましたが、所在がわからずじまい。

いつ処分されてしまったのか?チョコの遺骨はどこにあるのか?

未だに供養することも、骨壷を見つけることもできないまま、来る日も、来る日も泣いて、お祈りすることしかできません。

“冤罪被害者”にされてしまう悲劇とは、かくのごとく残酷で、痛ましく、悲惨で情けなく、嘆かわしくて、みじめなものです。

「ああ、どんなに手を尽くしても、とうとうチョコを救えなかった…」と、ママはいつまでも、自分を責め続けています。

黙とう、そして合掌…..。

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❤ 同ページの下の写真は、チョコのお姉ちゃんのマーブルです。

マーブルは2003年12月、弁護士A=(山崎淑子の「アメリカ共謀罪」冤罪事件の共謀犯とされた弁護士)に、下腹部を激しく蹴りつけられた内臓損傷が原因で、死亡しました。自然(代替)療法による闘病生活に耐え、最後は安らかにママの腕に抱かれて、絶命しました。

ママの共謀犯とされた弁護士Aには、暴力による犯罪の前科前歴がありました。日本でも傷害事件を起こし、ニューヨークでもレイプ犯として投獄された経験がある東大法学部卒のエリート証券マンでした。

この弁護士Aに、ママは2度も軟禁されました。

もちろん、軟禁事件の度に2匹の愛犬を連れて警察に駆け込み、保護と救済を求めてきました。ところが警察の刑事さんたちは、こう言うだけです。

「愛犬を蹴り殺したところで、器物損壊としか見なされない上に、検事さんたちも事件化してくれないのが実情だ。アメリカとは違って、動物虐待では、起訴に持ち込んではもらえないのだよ」と、説明する。かわりに、加害者の肉親へ連絡してみるのは、どうだろうか?と提案する。

そこで逃げ込んで1拍、保護してもらった日本橋久松警察の猿渡刑事、平松刑事のすすめで警察署から、弁護士Aの実弟に電話をかけてみました。すると翌日、早速、渋谷のセルリアンタワーで会ってくれました。その後も、実家の母親と連絡を取り合い、赤坂の全日空ホテルロビーで、続いて赤坂ツインビルの東館地下カフェなどで、何度も会合を開くことになりました。母親が、わざわざ飛行機でとんできて、深々と頭を下げて謝罪してくれたこともありました。

その謝罪の過程で、親族が驚愕の事実を暴露。いわく、

「きわめて凶暴で暴力的な兄は、幼少の頃から傷害事件を繰り返し、警察ザタになったこともしばしば。寮生活でも暴力事件を引き起こし、手がつけられない狂暴性に放校寸前になったことも。遂に寮を追い出されて、担任の家に下宿して“保護監督”状態の条件下で、登校が許可される始末。学校は名声を守るため、当時、警察への通報は控えたが、どのみち、あとで警察のお世話になったが。弟の私でさえ、兄の動物虐待が理由でアイソをつかして離れた。大学入学後、同居していた兄の下宿から、ほどなく出て以来、兄とは距離を置いてきた。道端で子ネコを拾って帰って来ては、目の前で、そのネコちゃんの首を針金でグルグル巻きにして、『死刑だ』と言って、窓の外に吊るして絞首刑にして、おもしろがっているという異常さ。残酷さに、私も恐怖を覚えた。のちに精神科医へ相談したところ、『反社会性・暴力性の人格障害』という、治らない精神障害だと診断された。そういうわけで、兄は、自分の欲望や感情をコントロールできない病気です。犯罪性や狂暴性が治らない精神病なので、これからも、恐らく死ぬまで犯罪を繰り返すことでしょう。ですから、早く逃げてください。思うようにならないあなただけではなく、ワンちゃんにも危害を加える危険人物ですから、これ以上、危害を加えることないよう、母と私は心配しています。引っ越し費用をお貸しするので、大至急、安全な場所へ身を隠してください。兄からワンちゃんを守るには、それしかないのでお願いします」。

そう言って、深々と頭を下げる弟さんを、気の毒に思いました。

私は自分を守り、2匹の愛犬を保護するために、この弁護士Aを警察に捕まえてもらうよう何度も警察に通って、逮捕を懇願しました。ところが警察によると、私はあくまで「ストーカー被害者であって、DV被害者ではない」以上、事件化できないといいます。弁護士Aを捕まえてもらえない刑事司法の限界を知った私は、やむを得ず、弁護士Aの実弟に急きょ転居費用を立て替えてもらって、愛犬と一緒に慌てて引っ越したのでした。

そうです。私は、弁護士Aの共謀犯罪人ではなく、この男の狂暴性の犠牲者であり、暴力犯罪の被害者でした。

愛犬2匹もまた、弁護士Aによる暴力の犠牲者となって、不遇の死を遂げたのです。

…..一緒に阪神大震災を辛くも生き残った、かけがえのない家族である愛犬マーブルとチョコの命。

小さくって、無力で、愛くるしい2匹の命を、この暴力弁護士から守れなかった自分のふがいなさを、今でも悔しく、無念に思い、いつでも、いつまでも私は自分を責め続けることでしょう。

黙とう、そして合掌….。

「私のお気に入り (2005年 1月号掲載)」

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【掲載記事2】 季刊セブンシーズ 2004年秋号にて、山崎淑子がプロデュースするインターネット高級ギフトサイト “Marie Kadan” ブランド主宰の“社会貢献事業”&”慈善活動”と、オリジナル商品が、誌上紹介されました。

商品購入のたびに、お買い上げの商品代金からチャリティー寄付を行える新しいビジネスモデルが注目を集め、多くのファンの皆様からご支持をいただきました!

◆ 以下の 4ページ見開き記事は、季刊セブンシーズ 2004年秋号:

山崎淑子がプロデュースするインターネット高級ギフトサイト “Marie Kadan”のオリジナルデザイン商品と、同ブランドの 社会貢献事業/慈善事業を紹介しています。
掲載されている商品はすべて、オリジナルデザイン商品です。パリ市内とイタリアのコモ湖にある自社アトリエで製作しています。

貴金属は Made in New York です。

90年代に勤務していた、ティファニー&CO.ニューヨーク本社の元同僚が独立して、NYダイヤモンド街に工房を開業。私がデザインしたジュエリーを製作、ダイヤモンドは鑑定書付きの最高品質の逸品を供給してくれます。

【*なお、当事業は 2005年 7月28日に起きた突然の不当拘束→さらなる、日本国憲法違反であるアメリカ引き渡し“冤罪事件”発生によって、突如、中断を余儀なくされました。たいへん遺憾ながら、現時点まで事業の一切を停止・中断されたままです。この冤罪被害による損害額は、冤罪被害者・山崎個人の損失だけで4億4千万円に及びます。この間の遺失利益については、未だに算出されておりませんが、あまりに損失が甚大なため事業再起は到底不可能。断念せざるをえません。そのため、他のコンサルタント業を含む事業再興については、遺憾ながら未定です】。

"Marie Kadan" ニューヨークから上陸 (1)"Marie Kadan" ニューヨークから上陸 (2)

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