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2014/7/27 広河隆一 tweets より

DAYS JAPAN 8月号編集後記 

DAYS JAPAN  http://www.daysjapan.net/

最新号のご案内  http://www.daysjapan.net/about/index2.html

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現代の戦争は、圧倒的な力を誇る攻撃する側と、市民の犠牲者に分けられる。

その戦争は、メディアには絶対に流れない、惨憺たる死体が散乱する現場なのだ。

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・・・略・・・

その日大統領が爆殺され、その次の日にはイスラエル軍のベイルート侵攻が開始された。その数日後、私は難民キャンプで何十もの死体にシャッターを切ることになる。処刑された人々は戦争の犠牲者と言えるのか?と、私はからからに乾いた唇をなめながら自問した。

戦場カメラマンとかウォー・フォトグラファーという言葉に嫌悪感を感じるようになったのはこのころからだった。現代の戦争は、圧倒的な力を誇る攻撃する側と、市民の犠牲者に分けられる。

・・・略・・・

そして戦場は私にとって、腐る体であり、焼けただれる匂いであり、体がぐちゃぐちゃに砕ける姿であり、切断された顔、壁に付着する子どもの髪の毛だった。兵士の死体はめったに出会わない。戦争と呼ばれるものの犠牲者ほとんど市民だった。

・・・略・・・

臆病な兵士は優秀な兵士である。動くものを見ると、確かめもしないですぐに引き金を引く兵士である。自衛隊が10人死ぬ現場では、自衛隊によって100人が殺されるだろう。そのうちの5人は敵の兵士であり、5人は友軍に殺される兵士であり、90人は市民なのだ。

集団的自衛権は、確実に日本を殺戮者の国にする。

その戦争は、メディアには絶対に流れない、惨憺たる死体が散乱する現場なのだ。

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DAYS JAPAN 発刊の経緯

http://www.daysjapan.net/about/index.html

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9・11 事件の後、人々の間でメディア不信が広がりました。
私たちが知らなければならなかった情報の多くが、私たちの元には届きませんでした。
メディアの流した情報が、戦争への道を促した場合もありました。
時代は危険な方向に突き進みました。
メディアを私たちの手に取り戻したい。

そのような思いで、次のような雑誌の発刊を考えました。

■「人間の命と尊厳」「自然の環境」を守る雑誌。
■「権力の監視」というジャーナリズム本来の役割を担う雑誌。
■「差別、抑圧、飢餓、男性の女性に対する暴力」などに取り組む雑誌。
■フォトジャーナリズムを中心にした雑誌。
■世界の最高水準のドキュメンタリー写真を掲載する雑誌。

・・・略・・・

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広河隆一 @RyuichiHirokawa

2014年07月27日(日)

http://twilog.org/RyuichiHirokawa/date-140727/asc

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【引用開始】

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発売中のDAYS JAPAN8月号の編集後記です。  1967年、私は大学を卒業してすぐにイスラエルに行き、2週間後には第3次中東戦争が始まったが、たった10キロ先に戦場があったのに、私は死者には出会わなかった。1982年9月、私はレバノンのベカー高原のパレスチナ病院にいた。続く

posted at 14:42:51

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その時周囲に何十発もの爆弾が落ちた。現場に急行する救急車に乗った。空いた巨大な穴を見下ろしていると、救急車の運転手の金切り声が聞こえた。「来るぞ! 飛び乗れ!」。第2波の爆撃の中、病院に逃げ帰ってしばらくすると、人間のどの部分かわからない2切れの体が運び込まれた。続く

posted at 14:43:19

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自分がその時何を感じたのか記憶がないが、1回シャッターを切った。これが私の死者の撮影の最初の体験だった。体はブリキ缶に詰め込まれた。次に頭が半分吹き飛ばされた男の人の死体が運び込まれた。かろうじてファインダーを覗いてシャッターを切った。続く

posted at 14:44:06

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病院が次のターゲットになるといううわさが流れた。この病院には2人の外国人医師がいて、夜遅くまで、話しこんだ。なぜ自分はここに来たのかという話だった。明日には私たちの体が、数百に吹き飛んで死体になるかもしれないというのに、不思議に静かな気持ちだった。続く

posted at 14:44:35

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その夜、どこに爆弾が落ちても何台かは助かるように、救急車はエンジンをかけたまま一台一台離れて配置され、運転手は車の中で待機した。しかし翌朝は濃い霧が立ち込めた。イスラエル軍は「戦果」を確認できない爆撃はしない。私は命を長らえたらしかった。私はベイルートに向かった。続く

posted at 14:46:52

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その日大統領が爆殺され、その次の日にはイスラエル軍のベイルート侵攻が開始された。その数日後、私は難民キャンプで何十もの死体にシャッターを切ることになる。処刑された人々は戦争の犠牲者と言えるのか?と、私はからからに乾いた唇をなめながら自問した。続く

posted at 14:47:25

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戦場カメラマンとかウォー・フォトグラファーという言葉に嫌悪感を感じるようになったのはこのころからだった。現代の戦争は、圧倒的な力を誇る攻撃する側と、市民の犠牲者に分けられる。そして戦場は私にとって、腐る体であり、焼けただれる匂いであり、体がぐちゃぐちゃに砕ける姿であり、(続く)

posted at 14:47:56

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切断された顔、壁に付着する子どもの髪の毛だった。兵士の死体はめったに出会わない。戦争と呼ばれるものの犠牲者ほとんど市民だった。 臆病な兵士は優秀な兵士である。動くものを見ると、(続く)

posted at 14:48:52

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確かめもしないですぐに引き金を引く兵士である。それ自衛隊が10人死ぬ現場では、自衛隊によって100人が殺されるだろう。そのうちの5人は敵の兵士であり、5人は友軍に殺される兵士であり、90人は市民なのだ。集団的自衛権は、確実に日本を殺戮者の国にする。(続く)

posted at 14:50:01

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その戦争は、メディアには絶対に流れない、惨憺たる死体が散乱する現場なのだ。 (終わり)

posted at 14:51:21

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【引用終了】

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