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◆130811反原発へのいやがらせの歴史展 講演  【1:13::55】

YamasakiJournal

http://www.youtube.com/watch?v=kt0a8S9HRp4

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 撮影©Yamasaki Journal!/山崎ジャーナル!

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公開日: 2013/08/13

■場所:新宿区立区民ギャラリー
■主催者メンバー:弁護士・海渡雄一氏、原子力資料情報室共同代表・西尾漠氏、元同年-職員の妻・西村トシ子氏

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2012/8/11  山本太郎 参議院議員  【1:05:30 あたりから】

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僕自身が展示物になった方がよかったんじゃないか。

反原発の市民運動にはいって2年。いやがらせに慣れてきた。

またやってきたね、と受け止めよう。

写真をとられたら、こっちからとってやれ!

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2012/8/11  河合弘之弁護士 ・脱原発弁護団共同代表 【1:07:30 あたりから】

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私たちの闘いが強ければ強いほど、こういう嫌がらせは増える。

なんにもないようであれば、われわれの運動が黙殺されるということ。

今後もこういういやがらせや弾圧がいっぱいくるように、いっぱい私たちは闘いましょう!

今度は、いやがらせをする根っこをつかんで、逆襲してやろう、というぐらいの気持ちで

めげずに、粘り強く、勝つまで闘うことの確認として、今日の展示や説明があったんだと理解して、「勝つまでやる」という決意を新たにしたいと思います。

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あさこはうすのこと。 【1:09:20 あたりから】

・・・青森・大間原発(フルMOX)の1号機建設予定地の敷地内にある、 「抵抗のとりで」

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(あさこはうすの)井戸がとめられました!

死活問題です。小笠原あつこさんをささえてください。

あさこさんはそれこそ殺されたのではないかと思っています。

(ツツガムシ病で入院していたが亡くなられた)

今度は(娘さんの)あつこさんが危ないと思って気が気でない。

もっともっと、知ってつながって、(原発の)新建設を止めさせなければいけない。

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◆130811反原発へのいやがらせの歴史展 講演後の様子 【8:48】

 YamasakiJournal

http://www.youtube.com/watch?v=diXoYuxGVGU

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 撮影©Yamasaki Journal!/山崎ジャーナル!

公開日: 2013/08/13

■場所:新宿区立区民ギャラリー

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以下、展示パネル写真

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2013-8-9-朝日新聞・夕刊

朝日新聞 2013/8/9 夕刊

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エネ庁・メディア監視事業・契約

資源エネルギー庁によるメデイァ監視事業・・・311原発事故の2011年に、一気に増額!

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2013-7-26-週刊朝日

2013/7/26 週刊朝日・・・(クリックして拡大)

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◆ナゾの死を遂げたもんじゅ調査担当者・西村成生氏のファイル 週刊朝日

「日々担々」資料ブログ

2013.04.17 ( Wed )  10:00:47

http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-8534.html

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【引用終了】

・・・略・・・

 西村氏は1996年1月13日、宿泊先のホテルで変死体で発見された。妻と上司、同僚に宛てた3通の遺書が発見され、警察は飛び降り自殺と断定。マスコミでも、“ナゾの死”は大きく報じられた。しかし、妻のトシ子さんはこう話す。

「夫の死について動燃に説明を求めても、ほとんど情報を出してくれない。会社にあったはずの遺品も返してくれず、逆にこちらの動向を探るような対応ばかりだった。遺書の内容や遺体の状況にも不審な点が多く、『これはおかしいな』と思い始めたんです」

不信感を募らせた遺族は、旧動燃を相手どって損害賠償を求める訴訟を起こしたが、2012年1月、敗訴が確定。しかしいまもトシ子さんは夫の死に疑念を持ち続けている。その理由の一つが、西村さんの残したファイルの存在だった。

・・・略・・・

几帳面でまじめな性格だった西村氏は、自らの仕事にかかわる資料を逐一、ファイルに収集し、保管し続けていた。そのファイルを読むと、西村さんが長年、家族にも話さなかった“秘密の業務”に従事させられていたことがわかる。西村氏は、動燃のさまざまな“暗部”に触れざるを得ない立場だったのだ。

・・・略・・・

原発や関連施設をめぐる反対派の市民運動家へ露骨な監視

・・・略・・・

1988年、岡山県と鳥取県の県境にあるウラン鉱山・人形峠で、「ウラン残土問題」をめぐって住民と動燃の対立が起きた。これに関する資料では、動燃が住民について詳細に調べ上げていたことが分かる。住民の名前、生年月日、職業のほか、動燃に対する理解、住民に対する「工作方法」などについても記載があった。調査は家族関係にも及び、多くの世帯で家族の勤務先や家庭事情まで詳細に書かれていた。
・・・略・・・

反対運動の中心になった住民の榎本益美さん(77)についても、実に細かく調べ上げていた。

〈昨年(88年)8月15日以来、反対の筆頭に立っている〉〈元鉱山労働者として放射能の恐ろしさをPNCが教育していなかった等、被害者意識が強く、市民グループ、社会党、プレス等をバックに「全面撤去」を主張し、全区民を巻き添えにしている〉

さらに榎本さんに対する「工作」方法を具体的に説明している。

〈社会党対策会議の○○(原文は実名、以下同)、共同通信記者、市民グループとの関係を切ることであろうが、当面、本人を孤立させ相手にしないことが効果的である〉

反対運動の中心である榎本さんを地区から孤立させ、周囲の住民から先に切り崩していこうという作戦が読み取れる。この動燃の「工作」は一時は成功し、榎本さんは孤立を深めていた。

・・・略・・・

原子力ムラが仕掛けた「組織ぐるみ選挙」の動かぬ証拠。

・・・略・・・

大口の取引先を中心に、自民党候補への投票を呼びかけていたのだ。ここにある「安推協」とは、動燃の下で働く業者でつくる「安全推進協議会」のこと。

資料の中には、50社以上の社名や連絡先が書かれた一覧表もあった。従業員に東海村在住者がいる企業のリストだという。それぞれ契約高や従業員数、動燃内に派遣している従業員の人数も記載されていた。

「安推協は、動燃から仕事をもらっている業者の集まり。原発関連からガソリンスタンド、書店まで、ここに名前がないと動燃では仕事ができない。契約高を書いているのは、企業への圧力のため。『仕事がほしければ、言うことを聞け』という意味ですよ」(動燃関係者)

地元有数の大企業である動燃からの「協力要請」を断れる業者があるだろうか。

・・・略・・・

動燃の所管官庁だった科学技術庁(現在は文部科学省に統合)が、原発を扱ったNHKの番組に抗議していた資料。

・・・略・・・

93年5月21日と23日、NHKは2回シリーズでドキュメンタリー番組NHKスペシャル 調査報告 プルトニウム大国・日本」を放送した。

当時、国内では91年に高速増殖原型炉「もんじゅ」が試運転を開始するなど、燃やした核燃料からプルトニウムとウランを取り出す「核燃科サイクル」の試み が本格スタートした。しかし、アメリカなど諸外国からは、核兵器に転用可能なプルトニウムを日本が保有することは「核武装」につながりかねないと危惧する 声があがっていた。また、高速増殖炉の開発は海外で次々と頓挫しており、その実現性や経済性などに疑問符がついていた。

こうした問題点を国内外の取材で浮き彫りにしたのが、この番組だった。だが、2回目の放送から5日後の5月28日、NHKの担当ディレクターと科学文化部記者2人が科技庁の原子力局長室で抗議を受けたのだ。

資料には〈16:30~17:50 原子力局長室にて〉とある。会談は、科技庁側が一方的に話す展開だったと思われる。

〈NHKスペシャルに対する不満・誤りは全て言った〉

強い怒りが文面から伝わってくる。資料には、次のようなやり取りが記載されている。

科技庁「技術的に間違いだった。説明の場を設けるべきである」
NHK「その予定はない。しかし上司には伝える」
NHK「番組に対するクレーム、指摘はなかった」

〈STA(科技庁の略称)が報道姿勢を非難したところ、NHKは反論。他の指摘については聞くだけ〉

会談は80分にも及んだものの、両者の主張は平行線を辿り、結論は得られなかった。番組にかかわったNHK関係者が語る。「放送後、科技庁に担当ディレクターらが呼ばれて抗議を受けたと聞いている。番組は当時のNHKが総力を挙げて取り組んだもの。隙がないように相当、知恵を絞って作ったが、国策に正面から疑問を呈する放送内容に納得できなかったのでしょう」。

・・・略・・・

【引用終了】

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◆原子力村による殺人!もんじゅ西村成生さん事件の取材メモHomicide by JPN Nuclear Village!?

2013年4月14日日曜日

Takenouchi Mari Files~竹野内真理ファイル~

http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/04/blog-post_1741.html

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【引用開始】

もんじゅ西村事件の概要
Summary of Monju Nishimura Case

・・・略・・・

1995年もんじゅ事故が起き、ビデオ隠しがあり、マスコミが追跡中にもんじゅ事故調 査担当の西村成生(49歳)が自殺と見せかけ殺されました。私はご遺族にも直接話を聞き、医療カルテやX線写真、遺体の写真を直接見せてもらいました。8 階からの飛び降りの遺体ではなく複数の法医学者が他殺と断定

In 1995, Monju sodium leak and explosion accident occured and Donen Co., was accused of concealing the videotapes of the accident site.  During the media fuss, the Monju accident investigation team leader, Mr. Shigeo Nishimura (49) was suspected to have killed under the disguise of suicide.  I myself visited Mrs. Nishimura’s house and saw the medical records and X-ray photoes.  According to Mrs. Nishimura, multiple number of forensic doctors judged that Mr. Nishimura was killed by somebody, not killed himself.

 Nishimura head

8階から飛び降り自殺したとされている西村氏の頭蓋骨写真

新聞報道とは裏腹に、頭蓋骨にも鎖骨にも頸椎にも骨折は見られない。

X-ray photo of Mr. Nishimura after jumping off from the 8th floor

No fractures on his skull, neck, or sholders were seen contrary to the newspaper report.

脳幹部分に白く空気の混入および筋肉筋が見られる。飛び降りではなく、殴殺であり死亡まで時間がかかったとみられる。

Trace of white air intrusion is observed in the brain stem and chest muschles.  These show that there was some progress of time before he died after he got injury, and thus he didn’t kill himself instanteneously by jumping off from the 8th floor.

深部体温から死亡時刻が合わず、その時間にホテルに行っていない可能性。宿帳にも記載なし。
The reported time of his death did not much with his deep body temperature, which implies that he had not been to the hotel where he committed suicide.  There was no signature of him on the hotel registration card either.
遺書の最後日時の数字の筆跡が異なる。遺書は社用便箋、死んだ後、筆記用具が行方不明。遺書は「マスコミが騒ぎすぎるのを批難」し、その後マスコミは鎮静化。

The handwriting of the numbers at the bottom of his suicide note was different from the ones of Mr. Nishimura.  His suicide note criticized the fuss made by the media and media companies refrained from reporting on Monju accident then after.

おかしなことに、動燃理事長が遺書の内容をなぜか変更しながら読んだ。
Strangely, the board director of Donen changed the contents of Mr. Nishimura’s suicide note.

2005年雑誌『新潮45』に、西村夫人が他殺説の記事を発表したが、動燃から反論一切来ず。

Most of all, when Mrs. Nishimura wrote an article accusing Donen as a potential suspect of Mr. Nishimura’s death in 2005 on a monthly magazine, Shincho 45, there was not a single counterargument from Donen.

・・・略・・・

【引用終了】

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1件のコメント on 備えよう。脱原発運動にも妨害工作?海渡弁護士。2013/8/11【動画:反原発へのいやがらせの歴史展 講演】飛び入り山本太郎!夫の死に疑念 / 西村トシ子さん。 動燃元総務部次長・西村成生氏は、飛び降りではなく、殴殺。4/14竹野内真理

  1. nishiyan より:

    読んでいてとても恐ろしかった。
    そして日本という国は背後で操るアメリカに対して服従するしかなす術が無いのか、という絶望感に苛まれました。悔しいです。

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