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日本社会の悪しき伝統=戦争責任のあいまいさは、

311原発事故責任のあいまいさに通底。

国民が日常的に政府をコントロールしないと、

政府=国は必ず暴走する。

敗戦68年。

戦争の生き証人がいなくなった時ほど怖しい時代はない。

6/14 山本宗補の雑記長

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【西表島や波照間島などの沖縄・八重山諸島を舞台にした「戦争マラリア」とは】

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敗戦などで戦闘行為がようやく終わったことに全く左右されることなく、日本軍の軍命によりマラリア有病地帯への疎開を命令された離島の住民たちが、マラリア地獄につきおとされ生死の境をさまよった。半年ちょっとの間の死者は3600人以上。米軍の上陸もない八重山の離島での無駄死にほかならない。

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インパール作戦という、無謀なインド攻略を立案し、数万人の将兵の命をもてあそんだ牟田口廉也司令官は、戦犯ともならずに70代後半まで生きた。国策で無謀な侵略戦争を推進した戦争指導者は、昭和天皇を含め、いったい誰が指導者責任を果たしたのだろうか。

6/14 山本宗補の雑記長 

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◆近刊写真集「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」(彩流社)

山本宗補著

¥ 4,935

http://www.amazon.co.jp/戦後はまだ…-刻まれた加害と被害の記憶-山本-宗補/dp/4779119073

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【引用開始】

◆内容紹介

戦争の実態は共有されてきたか?

70人の戦争体験者の証言と写真が撮った記憶のヒダ

 

加害と被害は複雑に絡み合っている。

その重層構造と苦渋に満ちた体験を、

私たちは理解してきたか――林博史(解説)

 

山本宗補、迫真の写真集!

 

「女は男を送り出し、殺し尽くさせ、

餓死させた。国は反省しない

戦争中、助産婦だった益永スミコさん。

●「1人ずつ丘の上に連れていかれ処刑された」。

長い刀で首を斬られシンガポール華僑粛清を生き残った

ユー・キャン・チェンさん

●「東条と一緒に靖国に祀られている戦友が

かわいそうだ」。ミッドウェー海戦から生還した駆逐艦「荒潮」の元機関兵・高木清さん

【引用終了】

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◆近刊写真集のお知らせ「戦後はまだ・・・刻まれた加害と被害の記憶」(彩流社)

2013年6月14日 (金)

山本宗補の雑記帳

http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-2392.html

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【転載開始】

 私が戦争体験者の聞き取りを本気で始めたのは2005年。沖縄の西表島や波照間島などの八重山諸島を舞台にした「戦争マラリア」 の取材に取り組んでから。沖縄戦体験者の取材もしたことのない私は、自らのビルマやフィリピンなどでの取材で職業病のように繰り返し罹ったマラリアや熱帯 特有の病気体験があるため、日本の辺境での「戦争マラリア」とはどんなものだったのかを知りたくなったのだった。

 一言で「戦争マラリア」とは何かというと、沖縄本島での地上戦終了や、本土空襲や原爆投下後の敗戦などで戦闘行為がようやく終わったことに全く左右されることなく、日本軍の軍命によりマラリア有病地帯への疎開を命令された離島の住民たちが、マラリア地獄につきおとされ生死の境をさまよった本当の話だ。半年ちょっとの間の死者は3600人以上にのぼる。米軍の上陸もない八重山の離島での無駄死にほかならない。強制疎開を命令して誰か責任を取ったものがいるだろうか。戦後数十年たっての政府による戦後賠償さえないに等しい。

 「戦争マラリア」は敗戦も知らずにフィリピン山中などで敗走し、飢えと病気と戦って死んで行った無数の日本兵の姿と重なる。「生きて捕虜となるなかれ」という東条英樹が出した戦陣訓の金縛りで、捕虜となって生き延びる道を選ばずに逃げ惑った無駄死にが、フィリピン戦線に限らないが どれほど多かったことだろうか。

 そして、戦争マラリア同様に、「捕虜になるなら死を選べ」という暗黙の命令を発した東条英樹自身が、拳銃自殺できずに進駐軍に捕まったという無責任さに対し、フィリピン山中で飢え死にしそうになった兵隊が東条を非難するのも当然である。

 インパール作戦という、無謀なインド攻略を立案し、数万人の将兵の命をもてあそんだ牟田口廉也司令官に至っては、自らの責任など まったく顧みず、戦犯ともならずに70代後半まで生きた事例もあるほどだ。国策で無謀な侵略戦争を推進した戦争指導者は、昭和天皇を含め、いったい誰が指導者責任を果たしたのだろうか。

 余談になるが、かつての戦争責任のあいまいさと、2011年の原発事故責任のあいまいさが通底しているのが日本社会の悪しき伝統ではないのかと思えてくるのだ。これは私が指摘するまでもない話だが。


 この写真集では、これまで聞き取り取材した戦争体験者の中から70人を選び、軍国主義化の天皇制国家日本が国策で近隣諸国を軍事力で侵 略していった事実が、戦後世代の私たちや、これから生まれてくる真っ白な子どもたちに、日本社会の負の歴史を知るための資料となることを願って出版するも のです。

 とりわけ、加害者としての戦争認識が皆無とさえいえる戦後生まれの政治家が続出し、彼らの発言が近隣諸国との外交経済関係の悪化 を招き、国益を損なっている事態に発展していることに、かつて敵国として戦った米欧の、影響力あるメディアや政治家が安倍首相批判や橋下大阪市長(維新の 会共同代表)非難をするところまで、日本社会の「右翼化」、「非民主主義社会化」が急激に進行している。

 この夏には敗戦から68年を迎える。戦争の生き証人がいなくなった時ほど怖ろしい時代はない。今だからこそ、この写真集と証言を手にし、かつての愚かな戦争の実態と、国民が日常的に政府をコントロールしていかないと、政府=国は必ず暴走する教訓を学ぶ必要がある。

・・・略・・・

【転載終了】

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