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◆恐怖の1918年スペインかぜ重症化の主因は医原性

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死亡が急増し、第二波の流行とされた1918年9月後半~10月後半は、米国の衛生局、海軍、医師会がアスピリンを広く推奨し、医師たちが大量投与(過剰投与:中毒量4g/日の2~8倍)を始めた時期に一致する。

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1918年9月という時期と、サリチル酸(アスピリン)をウイルス疾患に使用したときの害反応を合わせると謎が解ける

1917年にアスピリンの製造特許が切れ、多くの製薬会社が利益を求めてアスピリン製造に群がった。アスピリン販売量は前年の2に。

当時は副作用が出るまでアスピリンを増量し、それから少し減量して継続するのが通常の服用法

1918年9月13日には公衆衛生局長官が、同26日には海軍が、10月5日にはアメリカ医師会雑誌が、「外国ではアスピリンで症状改善に成功している」と推奨。こうして、医師はインフルエンザ患者に大量のアスピリンを用いた。

新患数が減りはじめた秋口に、スペインかぜによる死亡が急増し始め、第二波の流行とされたが、それは海軍で9月後半、陸軍で9月末、そして一般人では10月後半のことで、アスピリンが広く推奨され始めた時期に一致する。

それら兵士の死亡原因は、肺水腫とそれに続く重症肺炎であった。スペインかぜ患者への使用量の1日あたり8.0~31.2は、アスピリン中毒量が1日3~4g以上であることから許容量をはるかに超えており、血管透過性を増し全身臓器の浮腫が起こり肺水腫も起こしてくる。その病態こそ後に動物実験やヒトに見いだされたアスピリンなど非ステロイド抗炎症剤(NSAID)による害反応そのもの。

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2009年新型インフルエンザの世界的流行

Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/2009年新型インフルエンザの世界的流行

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【引用開始】

◆統計

・(スペイン風邪) 1918年5月-1919年

直接死因は大部分が肺炎。計3波で5000万人。秋冬に激増。第一次世界大戦と飢饉の影響で健康な20~40歳が多かった。1918年春(毒性が弱い第1波)の感染者は、秋(致死型の第2波)における死亡率が70%低い

◆解熱剤

使用禁止:アスピリンジクロフェナクナトリウムボルタレンなど。服用すると脳症が重症化することも

【引用終了】

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◆スペイン風邪とアスピリンのムック

新小児科医のつぶやき

2012-03-19 

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20120319

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【引用開始】

・・・略・・・

◆アスピリンは肺水腫に推奨されていた

肺水腫様の症状がもし現れれば、さらに投与量が増やされた可能性も十分に考えられます。そりゃ肺水腫治療に「推奨」されていたら、症状改善のためと言うより救命のためにさらに増量を考えてもおかしくありません。

 

【サリチル酸による肺毒性】

サリチル酸は肺水腫を起こしやすい。

・粘膜線毛輸送システムを低下させる作用もある。

・スペイン風邪の剖検では、肺水腫と肺出血がよく認められた。

脳浮腫や脳出血も多かった。

・これらは、成人のアスピリン中毒に合致する所見だった。

 

スペイン風邪で目に見える主訴は、高熱とそれに伴う強烈な不快症状であったとして良いかと思います。これに対して当時最も有効な鎮痛解熱剤であったと考えられるアスピリンを対症療法として投与された考えて良さそうです。高熱と言っても成人の39℃とか40℃ですから、これを改善するために大量投与が行われたと見ても良さそうです。

確証はないのですが、現在の様にアスピリンの持つ各種の副作用についての知見は乏しかったはずで、効果が乏しければ効果が出るまで増量に次ぐ増量が基本として行われた可能性があります。上述した様にアスピリンによる肺水腫が起こってもこれに対する治療薬はアスピリンだったわけです。

・・・略・・・

【引用終了】

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◆新型インフルエンザ特措法は社会を再び混乱に陥れる

…薬のチェックは命のチェック・医薬ビジランスセンター

武山祐三の日記

2012年3月28日 (水)

http://takeyama-y.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-ef27.html

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【引用開始】

http://www.npojip.org/sokuho/120327.html

 医薬ビジランスセンターの浜六郎医師がこのような意見を出しています。私は野田内閣が新型インフルエンザ対策と称して強制的にワクチンを接種することに非常な危機感を持っていました。新型インフルエンザはスペイン風邪の例もあり、H1N1型などは生物兵器の可能性もあります。しかし、誤った認識に基づく無闇なワクチン接種が最も危険です。

 そこへこのような医師側からの援護射撃が得られたことは、新型インフルエンザのワクチンの危険性を知ってもらう意味で大いに効果があると思います。取り敢えずはこの記事をぜひお読みください。

【引用終了】

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◆新型インフルエンザ特措法は再び社会を混乱に陥れる

谷田憲俊1、浜六郎2

TIP誌「正しい治療と薬の情報」

2012年3月号を改訂

http://www.npojip.org/sokuho/120327.html

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【引用開始】
1山口大学大学院医学系研究科 医療環境学
2NPO法人 医薬ビジランスセンター(薬のチェック)

TIP誌「正しい治療と薬の情報」2012年3月号より(図1~4、文献タイトル等追加)

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要旨

人々が新型インフルエンザに恐怖を覚えるのは、1918年スペインかぜで多数の若年者が死亡したからである。しかし、その現象は医原性であったので、新型インフルエンザ自体に対する恐れは杞憂である。実際、2009A/H1N1インフルエンザは季節性インフルエンザよりはるかに軽症であった。それにもかかわらず、日本は過剰な対応を採って社会を混乱に陥れた。その反省に基づくと称する新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が2012年3月9日、国会に上程された。しかし、その実態は同じ混乱を再び引き起こそうとするものである。インフルエンザには医科学に基づいた感染症対策が求められ、危機管理の施策は合理的な国際基準に則らなければならない。

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1 はじめに

インフルエンザが注目されるのは、流行の発生と広がりの早さによる。とくに、A型は十数年から数十年を経て亜型が変わる大変異を起こすと、人々は新型に対する抗体がないためパンデミックを起こすとされており(註)、人々がインフルエンザのパンデミックに恐怖を覚えるのは、1918年スペインかぜで多数の若年者が死亡したからである(1)。

一方、2009A/H1N1インフルエンザは、メキシコの巨大養豚場に近接した村に始まった。2009年2月下旬からインフルエンザ様疾患が多発し、3月には村の人口の6割、約1800人に発症して死亡も続出した。そのため、スペインかぜの再来とメキシコも世界もパニックに陥った。直に軽症と判明したが、パニックが是正されることなく、世界中が大混乱に陥った。とりわけ、非理性的な日本の対応は国際的にも注目された。

この度、改正されたと称する新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が2012年3月9日、国会に上程された。しかし、2009年の大混乱への反省は見られず、再び同様の混乱が生じることは明らかである。そこで、インフルエンザには医科学に基づいた感染症対策が求められること、危機管理の施策は合理的な国際基準に則る必要があることを、特措法に焦点を当てつつ示したい。

註:亜型がそれまで流行していた型と異なる場合、そのウイルスを「新型」と呼び、パンデミック、すなわち世界的大流行を起こしうるが、それは重症インフルエンザが世界的に大流行するという意味ではない。1918年のスペインかぜで死亡者数が多かった原因は「新型」であったからではなく、次項で述べるように、アスピリンなど解熱剤の過剰使用であった。

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2 1918年スペインかぜ重症化の原因は医原性

スペインかぜは1918年5月の流行当初、他の新型インフルエンザと同じく死亡率は無視できる程度であり(1,2)、同年1月から8月の死亡率は前年の季節性インフルエンザより低かった。問題は、その後の第二波流行時に25~29歳の米国内の屈強な若年兵に死亡が多発したことであり、それも1918年9月後半から致死率3%と重症化率が跳ね上がったことが目立つ。この現象が弱毒性ウイルスから強毒性ウイルスに変異した結果であるとされ、今日の新型インフルエンザの恐怖につながった。

その突然の死亡率上昇は、1918年スペインかぜの最大の謎であった。同時期の新感染にもかかわらず、米軍兵の致死率は2.1%から10%と駐屯地によって大きな差違があり、全米でも地域により死亡率に大きな差違が表れていた(1,2)。この現象は同一期間なのでウイルス変異では説明できず、生活や周囲環境、天候、人口密度、さらには予防法にも違いはなかった。ここで、1918年9月という時期と、サリチル酸(アスピリン)をウイルス疾患に使用したときの害反応を合わせると謎が解ける(2)。

1917年にアスピリンの製造特許が切れ、多くの製薬会社が利益を求めてアスピリン製造に群がり、巷にアスピリンがあふれていた(2)。スペインかぜで激増する高熱患者は、アスピリンに格好の提供先を与え、アスピリン販売量は前年の2に跳ね上った。当時は副作用が出るまでアスピリンを増量して、それから少し減量して継続するのが通常の服用法であった。1918年9月13日には公衆衛生局長官が、同26日には海軍が、10月5日にはアメリカ医師会雑誌が、「外国ではアスピリンで症状改善に成功している」とアスピリンをスペインかぜに推奨した(2)。こうして、医師はインフルエンザ患者に大量のアスピリンを用いた。 皮肉にも新患数が減りはじめた秋口に、スペインかぜによる死亡が急増し始め、第二波の流行とされた(1)。

それは海軍で9月後半、陸軍で9月末、そして一般人では10月後半のことで、アスピリンが広く推奨され始めた時期に一致する(表1、図1)。

・・・略・・・

それら兵士の死亡原因は、肺水腫とそれに続く重症肺炎であった。スペインかぜ患者への使用量の1日あたり8.0~31.2は、アスピリン中毒量が1日3~4g以上であることから許容量をはるかに超えており、血管透過性を増し全身臓器の浮腫が起こり肺水腫も起こしてくる。その病態こそ後に動物実験やヒトに見いだされたアスピリンなど非ステロイド抗炎症剤(NSAID)による害反応そのものであった。以上、恐怖の1918年スペインかぜ重症化の主因は医原性であったとわかる。

・・・略・・・

【引用終了】

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◆スペイン風邪とアスピリンのムック

新小児科医のつぶやき

2012-03-19 

http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20120319

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【引用開始】

・・・略・・・

wikipediaより、

アセチルサリチル酸は世界で初めて人工合成された医薬品である。1899年3月6日にバイエル社によって「アスピリン」の商標が登録され発売された。翌1900年には粉末を錠剤化。発売してからわずかな年月で鎮痛薬の一大ブランドに成長し、なかでも米国での台頭はめざましく、20世紀初頭には、全世界のバイエルの売り上げのうち3分の1を占めた。

・・・略・・・

1907年から大阪の武田商店(後の武田薬品)が独占販売権を獲得。明治44から大正2年(1911-1913)までのアスピリン年間平均輸入量は8.9万ポンド(約40トン)にも達していました。(中外商業新報 1916.8.20)ところが、日本も第一次世界大戦に参戦、ドイツとは敵対関係になったため、ドイツからの医薬品の輸入は途絶えました。そこで、武田商店がアスピリン工場を建設し、1915年から生産を開始(平澤正夫「超薬アスピリン スーパードラッグへの道」平凡社新書2001)

・・・略・・・

大きく製薬の振興に役立った

そりゃ役立ったと思います。宣戦布告で特許がタダで入手でき、その特許からの大量生産技術を国が開発し、その技術をタダで入手して作っています。さらに市場は輸入途絶で飢餓状態、さらにさらに引用はしませんが、事業に失敗した時の補償も国から得ています。国策として国内製薬メーカーに「お願いだから作ってくれ」状態だったと言うわけです。

・・・略・・・

【引用終了】

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◆サイトカイン・ストームってなに?

生物史から、自然の摂理を読み解く

2009年06月24日

http://www.biological-j.net/blog/2009/06/000789.html

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【引用開始】

・・・略・・・

1918年に世界的に流行したスペイン風邪は、全世界で感染者6億人、死者4000~5000万人に及んだといわれています。当時の人口が18億人程度なので、約1/3の人が感染したことになります。感染者は15~35歳の若年層に集中し、死亡者の死因の多くは、ウイルスの二次感染による急性肺障害によるものでした。
当時、インフルエンザウイルスに関する知識も研究技術も確立しておらず、なぜその様な強い病原性をもっていたのかは医学界でも永らく不明なままであり、また、当時流行したウイルスは現存していませんでした。
ところが、日本の研究機関「科学技術振興機構」が、1918年のスペイン風邪ウイルスの遺伝子を、公表された遺伝子配列を元に再構築し、人工合成することに成功しました(詳しくはコチラ)。
この研究によって、スペインかぜで多くの人が死亡した原因のひとつに、ウイルスに対する自然免疫の異常反応(サイトカイン・ストーム)であることが確認されています

・・・略・・・

【引用終了】

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◆[223] スペイン風邪とアスピリン

TAKU’S HOMEPAGE

2009/10/26(月) 18:39

http://www.1616bbs.com/bbs/taku223_tree_pr_223.html

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【引用開始】

これからの季節、気温が下がりインフルエンザがさらに流行ってくることでしょう。全国的に学級閉鎖が実施されています。罹患する原因の1つにストレスがあります。ストレスが、免疫力・抵抗力を低下させてしまいます。バランスの良い食事に睡眠をとり、感染しないように予防することが大切です。うがい・手洗いは当たり前ですね。 

新型のインフルエンザは怖い感染症で抵抗力の弱い小さな子どもやお年寄りは特に気をつけなければならないでしょう。ウイルスは湿度が低い冬に強いのです。急な38度以上の高熱、関節痛や筋肉痛、倦怠感や疲労感、頭痛の症状だとインフルエンザウイルスでしょう。特に子どものインフルエンザの合併症には中耳炎・気管支炎・肺炎等のほかに脳炎や脳症などがあります。

この脳炎や脳症で毎年約100人の乳幼児が死亡したり後遺症をかかえたりするとても怖い合併症です。脳炎や脳症は症状が出てから2日で死亡するケースが多いので特に注意が必要です。ワクチンの接種が有効ですが、栄養と休養をとり、確り睡眠をとり、人ごみを避けることも肝要です。部屋の中を適温にし、湿度は60パーセト位に保つようにする。加湿器がない場合は、洗濯物を家の中に干すだけでも効果的です。 

インフルエンザウイルスは抗原性の違いにより、A型、B型、C型に分類されます。新型はA型に分類されています。インフルエンザは紀元前412年、古代ギリシャ時代から存在しました。日本では、明治23年にアジア風邪が世界的に大流行しています。1918年のスペイン風邪では世界各地で猛威をふるい、世界の人口の半数が感染したといわれています。

死亡者は2000万人以上にのぼり、歴史上大被害となりました。日本でも、2380万人が罹患し、約39万人が死亡したと報告されています。インフルエンザの病原ウイルスは、アジア風邪、香港風邪、ソ連風邪が有名です。influenzaの語源は、「影響・感化」を意味するイタリア語influenzaが英語に取り入れられたものだといわれます。 

感染しにくい食事は肉や魚と卵などに含まれている栄養素です。さらに脂肪です。やせている方より太っている方がウイルスに感染しにくいのは抵抗力があるからです。さらに、ネギにレモンやミカンなどの柑橘類は寒さに対する抵抗力を強くしてくれる働きがあります。これだけ気をつけていれば抵抗力がつくことでしょう。

スペイン風邪のパンデミックが起きた1918年は、第一次世界大戦の最中だった事と異常気象なども重なりました。さらに、薬の副作用も多発して、パンデミックが起きたという。アスピリンを服用して、重症化する可能性が認識したのは、スペイン風邪のパンデミックから半世紀も過ぎた後でした。1963年にオーストラリアの病理学者のライ博士が発表した原因不明の脳症に関する研究だったのです。

このときの論文では、インフルエンザなどの軽い感染症に罹患してから3日後までには、重症にならないのに、その後、突然の嘔吐や意識障害、昏睡に陥り、痙攣を起こし、呼吸が激しくなり、死亡したとされています。解剖の結果では、脳が腫れ、肝臓に脂肪が溜まっていました。これが解熱剤であるアスピリンの副作用によるものとわかったのです。

1985年以降、子どもにアスピリンを使用することを中止にしたところ、死亡者が激減しました。日本でも随分遅れてですが、厚生労働省は1998年12月に、風邪薬や解熱鎮痛剤のうち、アスピリンの成分を配合した薬を15歳未満の子どもに使用することを禁止しました。重症化のメカニズムをまとめて説明すると以下の通りです。

高熱が出れば、体は苦しいがウイルスや細菌も苦しみます。高熱を続けば、ウイルスや細菌は死んでしまいます。薬で熱を下げると、体は楽になりますが、ウイルスや細菌も活発になり増殖します。アスピリンは熱を下げるだけでなく、免疫機能を抑えつける役割も果たしています。免疫が落ちれば炎症反応も機能しなくなり重症化する結果となります。スペイン風邪のパンデミックとは、貧困層は栄養不良で、富裕層の人達は解熱剤であるアスピリンで命を落としていたのです。

【引用終了】

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